時事解説時事 / ブルズ・ユニフォームの売買

ジョーダンのユニフォームに22億円。なぜ1998年ばかり高いのか

ー ファイナル第2戦の赤いユニフォームが1,400万ドルで売れ、バスケットボールの品として史上最高額に。第1戦・第3戦に続く4年で3着目の記録更新を、当時の年俸や『ラストダンス』と並べて整理した ー

マイケル・ジョーダンが1998年のファイナル第2戦で着たユニフォームが、1,400万ドル(約22億円)で売れた。バスケットボールの品としては史上最高額だ。同じシリーズのユニフォームは、4年で3着が1,000万ドルを超えた。値段を押し上げているものと、次に出てくるかもしれない1着を整理した。

この記事のポイント

  • 1998年ファイナル第2戦のジョーダンのユニフォームが**1,400万ドル(約22億円)**で売れた。バスケットボールの品として史上最高額
  • 同じシリーズのユニフォームは、第1戦が1,010万ドル、第3戦が1,226万ドル。**4年で3着が1,000万ドルを超えた**
  • 値段は試合の出来とあまり関係がない。効いているのは、ブルズ最後の優勝と『ラストダンス』という物語
  • 1着で、1997-98のジョーダンの年俸3,314万ドルの約4割。スポーツ全体ではベーブ・ルースに次ぐ2位
  • 第4〜6戦、特に“ラストショット”の第6戦のユニフォームが出てくれば、記録はまた動く

数字で見る第2戦のユニフォーム(1ドル=158円で換算)

AP・NBA.com・UPIの報道による
1,400万ドル

売れた額(約22億円)。バスケットボールの品として史上最高

3着目

1998年ファイナルのユニフォームで、1,000万ドルを超えた数

42%

1997-98のジョーダンの年俸(3,314万ドル)に対する割合

2位

試合で着たユニフォームの、スポーツ全体での順位

ファイナル第2戦の赤いユニフォームが、1,400万ドルで売れた

マイケル・ジョーダンのユニフォームが、1,400万ドル(約22億円)で売れた。1998年のファイナル第2戦で着た、ブルズの赤いアウェーのユニフォームだ。ジョーダンのサインも入っている。現地10月12日、アメリカのハント・オークションズが発表した(AP、NBA.com)。

第2戦は1998年6月5日、ソルトレークシティでのジャズ戦だった。ジョーダンは両チーム最多の37点を取り、ブルズが93対88で勝った。第1戦を落としていたブルズは、これで1勝1敗に戻した(UPI、NBA.com)。

今回は公開のオークションではなく、売り手と買い手が直接話し合う「プライベートセール」だった。買ったのは、マイアミの不動産投資家のロン・ファーマン氏だ。このユニフォームは2003年に個人のコレクターがブルズから買った。持ち主が変わったのは、その後1回だけだという(AP、NBA.com)。

同じシリーズのユニフォームが、4年で3回記録を塗り替えた

これで、1998年ファイナルのユニフォームが1,000万ドルを超えたのは3着目になる。最初は第1戦の分だ。2022年9月にサザビーズで、1,010万ドル(約16億円)で売れた。同じシリーズの品が、そこから続けて市場に出てくることになる(NBA.com、Daily Sabah)。

2着目は、今年9月29日の第3戦の分だ。ファレル・ウィリアムスが立ち上げたネットのオークション「ジューピター」で、1,226万ドル(約19億円)で落札された。この時点で、バスケットボールの品の最高額になった。入札は1件だけだったという(TSN、Daily Sabah)。

その記録を、発表からわずか2週間で第2戦が抜いた。第1戦からの4年で、値段は約4割上がったことになる。第3戦と比べても約14%高い。同じシリーズの品が続けて出てきても、値段は下がらずに上がり続けている(AP、TSN)。

1998年ファイナルのユニフォームと、スポーツ全体の最高額

第1戦はサザビーズ、第3戦はジューピター、第2戦はハント・オークションズの取引。ルースは2024年のヘリテージ・オークションズ。1ドル=158円
第1戦(2022年9月)
1,010.0万ドル
第3戦(2026年9月)
1,226.0万ドル
第2戦(2026年10月発表)
1,400.0万ドル
ベーブ・ルース(2024年)
2,412.0万ドル

値段を決めているのは、試合の出来より“物語”

3着を並べると、値段は試合の出来とあまり関係がない。第1戦は、ブルズが延長で負けた試合だ。第3戦はブルズが96対54で大勝したが、ジョーダン自身は24点だった。ジャズの54点は、ショットクロック導入後のプレーオフで最も少ない得点だ。37点の第2戦が一番高いのは分かるが、差は思ったほど大きくない(TSN、UPI)。

3着に共通するのは、「1998年のファイナル」という一点だ。ジョーダンにとって6回目の優勝で、ブルズで戦った最後のシーズンになった。2020年には、このシーズンを追ったドキュメンタリー『ラストダンス』が配信された。日本でもNetflixで見られ、当時を知らない世代にもジョーダンの名前が広がった。

ハント・オークションズのデビッド・ハント社長は、ジョーダンの品は大きな美術品と同じ水準になったと話している。ジョーダンの試合を生で見ていない人まで、1998年の場面を知っている。買い手が増えたのは、物語を共有する人が増えたからだと私は見ている(AP、NBA.com)。

1着で、当時の年俸の4割

1997-98のジョーダンの年俸は3,314万ドルだった。1年契約で、当時のリーグ最高額だ。2番目に高いパトリック・ユーイングより、1,000万ドル以上多かった。ブルズのほかの選手全員の年俸を足しても、ジョーダン1人に届かなかった。当時のサラリーキャップ(各チームの年俸の基準額)は2,690万ドル。ジョーダン1人で、それも超えていた(ESPN、FiveThirtyEight、CBS Sports)。

今回の1,400万ドルは、その年俸の約42%にあたる。1シーズン戦ってもらったお金の4割が、1試合で着た1着についた。同じ第2戦で履いたエア ジョーダンのシューズは、2023年に220万ドルで売れている。ユニフォームはその6倍以上だ(NBA.com)。

スポーツ全体で上にあるのは、2024年に2,412万ドル(約38億円)で売れたベーブ・ルースのユニフォームだけだ。1932年のワールドシリーズで着たものになる。ただし、公開のオークションとプライベートセールでは記録の扱いが違う点には注意がいる。高額なカードは「NBAカード落札金額ランキングTOP10」にまとめている(AP、UPI)。

1997-98のジョーダンの年俸3,314万ドルのうち、今回のユニフォーム1着の値段にあたる分

年俸はESPN・FiveThirtyEightによる。1ドル=158円
  • ユニフォーム1着の値段の分42%

    1,400万ドル(約22億円)

  • 残りの年俸58%

    1,914万ドル(約30億円)

次の焦点は、“ラストショット”の第6戦

1998年のファイナルは、6試合で終わった。第1〜3戦のユニフォームはこの4年で市場に出た。ただ、第4〜6戦の分が売りに出たという報道は、私が調べた範囲では見当たらない。3着が続けて最高額を更新したことで、残りの持ち主にとっても売りどきの話になってきた。

特に第6戦は、ジョーダンが残り5.2秒で決勝のシュートを決めた試合だ。ブルズでの最後のシュートで、「ラストショット」と呼ばれている。もし市場に出れば、1,400万ドルを超える可能性は高い。私の見立てでは、ルースの2,412万ドルに迫ってもおかしくない。

引退から20年以上たっても、1998年の物語は古くなっていない。値段の上がり方は、その証拠でもある。ジョーダンの歩みはジョーダンの選手ページに、GOAT論争は「レブロン対ジョーダン」にまとめた。いまのブルズはブルズのチームページで見られる。

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