コービーはホーネッツ指名だった
コービーは最初からレイカーズに指名されたわけではない。ホーネッツが13位で指名し、その権利がブラデ・ディバッツとの交換でロサンゼルスへ渡った。
“ホーネッツのコービー”はほぼ幻だった
1996年ドラフトでコービーを指名したのはシャーロット・ホーネッツだった。ただし、この指名はレイカーズへのトレードを前提に進んだ動きとされる。つまりコービーがホーネッツで本格的にプレーする未来は、かなり早い段階で消えていた。
レイカーズが差し出したのはブラデ・ディバッツ。実績あるセンターを出して、17歳の高校生ガードを取るのは当時としては大胆すぎる判断だった。
ジェリー・ウェストの賭けが王朝の入口になった
この動きの中心には、レイカーズのフロントにいたジェリー・ウェストの評価眼があった。コービーのワークアウトを見て、将来性を確信したと言われる。高校生ガードにここまで賭ける判断は、普通のフロントなら怖い。
だが結果的に、この一手がレイカーズの未来を変えた。シャック獲得とコービー獲得が同じ夏に重なり、2000年代初頭の3連覇へつながっていく。
ドラフトの数分が20年の歴史を変えた
もしホーネッツがコービーを残していたら、レイカーズ王朝は生まれたのか。シャックはロサンゼルスで同じように支配できたのか。2000年代NBAの景色はかなり変わっていただろう。
コービーのドラフトは、順位だけ見れば13位指名の一例にすぎない。しかし、指名権トレードの裏で起きた判断は、NBA史でも屈指の転換点だった。
この記事はNBA.Navi編集部が作成・更新しています。